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<<昭和50年代の子供たちが大好きだったジャンパーの思い出>>

1970年代(昭和50年代)の小学生時代はジャンバーが大流行。 ポリエステルジャンバー/ナイロンジャンバー/ウインドブレーカー/スタジャンバー/Gジャンバーなどなど、ジャンバーのポケットに手を突っ込んで歩くのがいつも子供たちにとってかっこいいスタイルでした。 みんなが着ていたジャンバーやウインドブレーカーの思い出を語ります。皆さんはどんなジャンバーを着ていましたか?

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〇真冬でも半ズボンで頑張るジャンバー少年05

スポーツ万能少年によくお似合いの光沢のある紺✖白ツートンカラー中綿キルト入りポリエステルジャンバー。
よく見ると両袖には紺のラインが入り、両ポケットは白の切替、そしてゴム編みは袖口と腰部が白ベースに紺の2本ラインに対して、首部は紺ベースに白2本ラインと違うデザインに見える。さらに白ファスナーがアクセントになっていて、クラスでも飛び切りカッコいい女子の間でも大人気のジャンバーだったに違いない。当時女子たちは教室のストーブを囲みながら「〇〇君の新しいジャンバーかっこいいよね」なんて話をよくしていたものだ。
こんなカッコいいスポーツジャンバーだから毎日欠かさず着ただろうし、校庭で遊んだり体育授業でも活躍しただろう。袖やポケット入れ口の白い部分は春には汚れが目立っただろうが、それがジャンバー少年の勲章だった。

半ズボンはだいぶ穿きこなしている感じがする。親が長ズボンを買ってくれなかったのか、自分の意志で穿かなかったのかはわからないが、こんなジャンバーに半ズボン姿の少年はスマートで本当にかっこいい!

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〇真冬でも半ズボンで頑張るジャンバー少年04

〇左は白胸ワッペン付き中綿キルト入りポリエステルジャンバーに半ズボンと白ソックスの少年。
 真冬もたくましく太ももを出して駆け回っていたのだろう。
 おとなしいデザインのオフホワイトのジャンバーは春になると真っ黒になっていたのではないだろうか。
 彼の黒ずんだ上履きを見るとそんな気がする。

〇右はトレーニングジャンバーに半ズボンとスポーツハイソックス。スポーツハイソックスは一時的に大流行して、水色や朱色、黄色、橙色などのバリエーションがあった。スポーツ用品店に買いに行って、毎日洗濯して1日おきに穿いていたのを思い出す。
 保温性のないトレーニングジャンバー(ジャージ上着)をジャンバー代わりに着せる親が多かったが、真冬は寒くて地獄だった。

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〇真冬でも半ズボンで頑張るジャンバー少年02(K校1年/昭和54年)

真冬でも半ズボン着用を奨励していたK校1年生のスナップ
左に立つ少年はシャツにVネックセーターに紺無地の中綿キルト入りポリエステルジャンバーを着ている。
チャックは閉めていないので、本当に寒い日ではなかったかもしれないが、下は短い半ズボンとソックスにズック靴だ。

後列左1の少年は体育ジャンバーに半ズボン
体育ジャンバーだから保温性はなく、半ズボンは隠れて見えないくらい短い。
真冬でもこんな格好で飛び回っていた。

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〇沖縄にもいたジャンバー好きの少年少女01

沖縄の子供たちもジャンバーを着ていたとは正直思わなかった。
高校生いや社会人になってからも、沖縄は真冬でも温かくてジャンバーなんて誰も着ないと思っていた。
子供ながらのおぼろげな記憶だが、正月に宮崎に旅行で連れて行ってもらったことがあった。
人一倍ジャンバー好きだった僕がその時にジャンバーを着ないで平気だった覚えがある。
きっと沖縄はもっと温かくて、子供たちはジャンバーなんて着たことがないんだろうなあと勝手に考えていた。
大人になってから沖縄出身の友達に聞いたら、「沖縄の子供たちも冬でも半ズボンの子は多いけどジャンバーは着ていたよ」と教えてもらった。
また、「一年のほとんどが半そでTシャツだったから、寒くなくても冬の気温が低い日や風が強い日にジャンバーを着るのがかっこよく見えた」と聞いた。
本州に住む僕たちと同じだった言うことがわかってうれしかった。
その後、アルバムを見せてもらうと、たしかに半そでシャツの子供たちの中に、下は半ズボンでも上にはジャンバーを着ている少年が混じっていて、そんな彼らはジャンバー愛好家だったんだろうなと感じた。

左1の少年は胸元に英単語の刺繍がある中綿キルト入りポリエステルジャンバーで、チャックは7分上げ。
左2の少年は体育ジャンバーで両袖は腕まくり
左3の少年は中綿キルト入りポリエステルジャンバー。左袖は腕まくりしながらもジャンバーは着たいという感じか。いつも腕まくりしていると袖口ゴム編みは伸びちゃったかもしれない。右前のめくれている部分は白く色が変わっているが中綿キルティングの部分と思われる。
右1の少女は薄手のカーディガンか。
いずれも下は半ズボン(ショートパンツ)で短いソックスかハイソックスで太ももはばっちり出ている。
それほど寒い感じには見えないが、こんなジャンバーを着るのが楽しみだった子供たちも多かったのだろう。

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〇真冬でも半ズボンで頑張るジャンバー少年01

昭和50年代は夏はもちろんのこと真冬でも半ズボン少年がちらほらと見られた。
小5にもなるとぐんと数は減少したが、それでも雪国でなければクラスに1~3名程度はいたものだ。
自分の学校では冬でもノースリープシャツ(タンクトップシャツ)に半ズボンという真夏と全く同じ格好の男子もいた。
たくましい太ももをはいかにも寒そうに見えるが、逆に上にジャンバーを着ていればへいチャラという感覚だった。

この少年のジャンバーはサテンのグランドジャンバーだ。
プロ野球などでも当時このスタイルのジャンバーを「ウインドブレーカー」と呼んでいた。
投手が塁に出たときにジャンバーを着ることができるので、当時の野球少年はmizunoやzettから発売されていたこのタイプのジャンバーを好む子も多かった。
紺✖白、青✖白、水色✖白、赤✖白、臙脂✖白、橙✖白、紺✖赤などのパターンが多かったように思う。

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