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<<昭和50年代の子供たちが大好きだったジャンパーの思い出>>

1970年代(昭和50年代)の小学生時代はジャンバーが大流行。 ポリエステルジャンバー/ナイロンジャンバー/ウインドブレーカー/スタジャンバー/Gジャンバーなどなど、ジャンバーのポケットに手を突っ込んで歩くのがいつも子供たちにとってかっこいいスタイルでした。 みんなが着ていたジャンバーやウインドブレーカーの思い出を語ります。皆さんはどんなジャンバーを着ていましたか?

▼スタジャンバー大好き少女02

昭和60年の小2女子
当時小中学生で大流行のスタジャンバーを着ている。
昭和55年頃より中高生の間で本格的に流行り始めたスタジャンバーは、もともとアメリカのアイビールックで大学生がキャンパスで着ていたものらしい。
日本の小学生たちは昭和53年頃までの冬の代表的なユニフォームだったポリエステルジャンバーから、ペラペラでadidas3本線のまがい物だらけのナイロンジャンバー(ウインドジャンバー)に流行が移り、それからスタジャンバーが登場すると女子を中心にそれを着るのが憧れとなった。
ウール生地のスタジャンバーは芝生の上で転がると後が大変、シミがつきにくいが意外と汚れたり、動き回って汗を含むと洗濯しにくくて汗臭くなったりしたものだ。
かさばるので丸めて手提げに入れることもできず、意外と重たくゴワゴワするのも嫌だったし、何より触り心地が悪くて友達のジャンバーを触ることも少なくなった。
当時1,500円~2,000円程度のポリエステルジャンバーの2倍以上、5,000円程度のものも多く、子供服としてはかなり出費がかさんだと思われる。
もっとも女子が好んだオーバーは8,000円とかするものもあったからそれよりは安価だったが。
この少女たちは小2でも母親と一緒にデパートに行って自分の好みで選んだって感じだ。

左は赤で肩に白の切替アクセントが付くが、ワッペンを見るとなんどJPRESSっぽいものでびっくりだ。
高校生や大学生のころ、きっと10,000円以上のJPRESSのスタジャンバーをそれこそ自慢げに着ている奴がいたが、小2でこんな大人っぽいジャンバーを着ていて、汚したりしたら怒られて、ジャンバー着て外遊びもしないで、ボロボロになるまで着るわけではなく、子供の普段着というよりお出かけ服だった。

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